精神科で使われる薬について

皆さんは精神科で使われる薬についてどのようなイメージをお持ちでしょうか︖依存性がある(癖になる)、副作⽤が多い、飲むと眠くなる、よく分からないので怖い、などあまり良くないイメージを抱いている⽅も少なくないかもしれません。今回はそのような誤ったイメージを払拭するべく、精神科でよく使われる薬について解説してみたいと思います。精神科領域で使われる薬は向精神薬と総称されます。向精神薬には、幻覚や妄想をなくす抗精神病薬、うつ症状を改善する抗うつ薬、不安を減ずる抗不安薬、睡眠を助ける睡眠薬、てんかんや気分の安定化に効果のある抗てんかん薬などがあります。これらの薬は、主要な症状を軽減するために⽤いられるのはもちろんですが、様々に組み合わせて⽤いることで相乗的な効果が期待できます。例えばうつ病の患者さんに抗うつ薬と睡眠薬を合わせて使⽤することなどは多く⾒られます。しかし薬剤の種類が増えればその分副作⽤のリスクが増しますし、治療にかかる費⽤も⾼くなります。したがって必要最低限の薬剤で治療を進めることが理想であることは⾔うまでもありません。そのためにはご⾃分が服⽤する薬について、主治医の先⽣とよく話し合い、できるだけ多くの情報を得て、⼗分に理解したうえで、服薬すること[shared decision making (SDM)と呼びます]が⼤切です。最近はSDMに加えて、できるだけシンプルな処⽅と服薬形式を目指すことがより重視されています。さまざまな薬剤が開発され、症状にもよりますが1⽇1回の服薬で⼗分な効果を得ることも可能になってきています。そのような薬物療法を、きちんとした精神療法(カウンセリング)と併⽤することで症状がより改善しやすくなります。ご⾃⾝が受けられている治療をもう⼀度⾒直し、正しい精神科治療を受ける姿勢を⾃らが持つことは⼤変重要だと思われます。

こころに効く漢⽅薬

最近当院を受診する患者さんには、以下のような病態、症状を呈する⽅が多いようです。診断名としては、うつ病、不安障害、パニック障害、適応障害など、症状として多いのが気分の落ち込みや気⼒低下、息苦しさや胸がつまる感じ、動悸、過呼吸発作、冷汗、思考の混乱、著しい恐怖感(気が狂うのではないか、死ぬのではないか)、イライラ、抑えがたい怒りや恨みの感情、不眠などが⾒られます。治療として抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬を⽤いますが、最近ではそれらに加えて漢⽅薬を処⽅することが増えています。それによって薬の量を最低限に抑え、副作⽤の少ないより安全な治療が可能になります。また、漢⽅薬には、⻄洋薬では改善しにくい漫然とした症状を劇的に改善して患者さんから⼤変喜ばれることもあります。上記の症状に対してよく使っている漢⽅は以下の通りです。
紫胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう)
うつ傾向が⻑引いていて、体⼒的にも弱っている⽅に使います。
紫胡加⻯骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)
動悸、息苦しさなど不安症状が中⼼で、⽐較的体⼒のある⽅向きです。男性に多く処⽅します。
桂枝加⻯骨牡蠣湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)
紫胡加⻯骨牡蠣湯と同じですが、体⼒のない⽅、特に⼥性向きの薬です。
半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)
不安症状のひとつとして、のどがつまる、胸が重苦しく違和感が強い場合に使います。
劇的に改善することが多いです。
抑肝散(よくかんさん)ないし抑肝散加陳⽪半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)
他⼈から理不尽な扱いを受けて、いらいらや怒りのおさまらない⽅の気持ちを安定化します。

ご存じのように漢⽅には様々な種類のお薬があります。精神疾患のみならず⾝体の病気の治療にも使いこなせるようになりたいものです。

女性の漢方薬

今回は精神科クリニックでよくみられる体の症状に効果のあるものの中で、桂枝茯苓丸という漢⽅薬をご紹介いたします。

桂枝茯苓丸は、⼥性の患者さんを中⼼に最近よく処⽅しています。⾎液の流れの悪さ(瘀⾎=おけつ、という状態)を改善する活⾎化作⽤を持ち、駆瘀⾎剤(瘀⾎を駆逐するという意味)と呼ばれます(他にも何種類か同様の漢⽅薬があります)。

様々な状態で瘀⾎状態が引き起こされますが、よくみられるのは動悸⽉経前の緊張状態(うつ的になったりイライラしたりします)、⽉経困難症⽉経痛、さらにはいわゆる更年期障害(うつ、ほてり(特に上半⾝の)、発汗、冷え(特に下半⾝の)など)です。桂枝茯苓丸は、活⾎化作⽤によりこれらの症状を改善します。

躁うつ病、うつ病などの気分障害を持つ患者さんでは、イライラやうつの症状が⽉経の周辺や更年期に悪化しやすく、時には⾃殺などの深刻な問題⾏動に発展することもよくみられるので、向精神病薬に加えて本剤のような漢⽅薬をうまく併⽤して、⼼⾝両⾯からきちんと治療することが重要です。当院では初診の段階で必ず⽉経関連の症状について問診したり、瘀⾎の証(瘀⾎を⽰唆する⾝体症状、特に右前腕の圧痛点)について必ず確認をおこなって、治療薬剤の選択に役⽴てています。

漢⽅治療概観

漢⽅薬には馴染みやすいという⽅も多いと思いますが、精神科、⼼療内科での有⽤性についてご存知の⽅は少ないのではと思います。しかーし、当院で加療中の患者さんの多くが症状によっては漢⽅治療を受けられています。漢⽅薬を使うことで、⻄洋薬の⽤量を減らして副作⽤を改善したり、不安、抑うつを治療したり、精神の不調からくる⾝体の症状を軽減したりすることができます。また既に⾝体症状があり、免疫機能が低下している⽅にもリンパ球を活性化したり腸内細菌を整えることで気⼒や体⼒を回復させることもできます。⼥性では⽣理前や更年期の不快気分の改善にも効果的です。とにかく⻄洋薬でできないことの⽳埋めをしっかりやってくれる漢⽅は、私の診療の⼒強い味⽅なのです。今後さらに詳しい情報を発信してゆきます。

時効性製剤(デポ剤)

前回の勉強会では時効性製剤(デポ剤)についてのお話がありました。あまり聞きなれない⽅もおられると思いますので今回のテーマとして取り上げました。デポ剤とは、2週ないし1か⽉に⼀度だけ筋⾁内に注射することでその効果が⼀般の服薬と同等に持続するものです。現在までに最近多⽤される非定型抗精神病薬としては2剤、そして今週さらに1剤が追加されます。これらはリスペリドン(リスパダール)、パリペリドン(インベエガ)、アリピプラゾール(エビリファイ)で、全て統合失調症の薬です。以前から定型抗精神病薬(第⼀世代とも呼ばれ、少し古い薬)でのデポ剤は存在していましたが、副作⽤の点で問題もあり、またこのような薬物を患者さんに無理やり投薬して管理してしまうのは⼈権的に問題があるのではなどの偏⾒があり、⼀時この剤型はすたれかけていました。
しかし、統合失調症の患者さんの中には病識に乏しく、副作⽤を嫌がり、またきちんと服薬することが病気のため困難であるという⽅達が多くいて、それらの問題を改善するデポ剤が再発予防に有効であることがわかってきました。また患者さんの中には、社会復帰も目指しておられる⽅もおり、そのような⽅には、⽇中服薬しないでいられて仕事やプライベートな⽣活を充実させることのできるという⾯でデポ剤は有⽤であると思います。さらに⾔えば、デポ剤への切り替えで副作⽤も軽減でき、症状のさらなる改善が得られる患者さんが多くいることも確かです。おそらくデポ剤投与後の薬剤の⾎中濃度が安定していることが⼤きな要因でしょう。私も病院勤務医時代から、多くの患者さんがデポ剤によってよりよい⽣活を送れるようになることを経験してきました。上記のお薬を服薬しているが、なかなか症状コントロールが、社会⽣活がうまくゆかない患者さんは⼀度ご相談いただければと思います。